おしまコロニーの機関誌「ゆうあい」は隔月で、御家族の方々をはじめ、全国各地の施設・関係機関、団体等に配布されております。多くの方々の寄稿文、実践活動やイベント、エピソードなどを交え、みなさまに近況をお伝えしております。

 

2017年10月号



おしまコロニーから、ゆうあいへ


― 50年を期して、よび名がかわります。 ―


この半世紀、私どもは「おしまコロニー」と称してきました。このよび名が、いつ、誰によって、なぜそう呼ばれるようになったのか、経緯ははっきりとしていません。いつしか自然に定着し、自らも名乗ってきたのが「おしまコロニー」という呼び名です。

生涯にわたる絶え間のない支援を、という創設者の姿勢が、幼児から高齢者まで、知的障がいのある方々のための施設を数多く作り出してきました。その施設群がコロニーという呼び名を想起させたのでしょう。渡島半島の地名を表す、おしまと一つになって「おしまコロニー」となりました。

欧米では過去、数千人規模のコロニーが作られ、障がいのある方々を社会から隔離収容して終生保護をおこなってきた歴史があります。社会と切り離した処遇のあり方を大きく変えることになるのがノーマライゼーション思想です。この思想の世界的普及によって、先進国では、コロニー解体、脱施設化が進みます。

私どもの創設者である大場茂俊は、1963年、2か月ほどヨーロッパをまわり、ノーマライゼーションの提唱者であるバンク・ミケルセンから直接お話を伺う機会を得て帰国、本格的な障がい者福祉事業の展開をはじめます。その最初の構想図の中にはすでにアフターケアセンター、つまり施設を出て地域で働き暮らす人たちの支援に携わる機関の構想が書き込まれています。施設から社会へ。施設に止め置くことなく、地域であたり前の暮らしを手に入れられるよう支援にあたる、そうした流れを強く意識しての事業展開が以後進められていきます。

1970年代、日本でも脱施設化が叫ばれるようになり、内容を問わず大規模であることが、欧米の隔離的なコロニーと混同され批判を受けることが多くなりました。このとき、「おしまコロニー」の名称変更をすべきかどうか議論がされました。しかし、私どもの実践は、隔離的なコロニーとは全く違うことを再確認し、「おしまコロニー」の呼称を使い続けることを決め、現在に至っています。

しかし今回、私ども「おしまコロニー」は、今年、創設50周年を迎えるにあたり、慣れ親しんできた「おしまコロニー」の名称を、「ゆうあい」と変更することにいたしました。社会福祉法人侑愛会の「侑愛」のひらがな読みで「ゆうあい」です。これを総称とすることにいたしました。

コロニーという言葉に含まれるネガティブな意味合いや印象は決して快いものではありません。特に利用者の皆様、そのご家族にとって少しでも不快なものであれば、そこは実践内容の如何を問わず、まず改善すべきです。

そしてもう一つ。これまで私どもが培ってきた支援のあり方を、新たなかたちに組み替える必要性が迫ってきていると考えていたからです。支援体制のあり方を、画一的なマスとしての施設から、よりパーソナルで個別的なサービスがオーダーできる細かな仕組みとして、利用者の方たちの日常生活圏である地域そのものに展開させる必要性をより感じはじめていたからです。施設群としてのコロニーから、地域に細かく張り巡らされたネットワークへ。分散型のネットワーク的支援体制への再構築が、私どものこれからの大きな課題と考えています。

一方で今現在、施設を必要としている人もいます。激しい自傷や他害行為が施設という環境にあって安定的に減少し、見通しのもてる暮らしのもと落ち着いていく姿を私たちは見てきました。大切なことは、施設もその選択肢の一つとして、必要な時に選択できることです。施設、グループホーム、アパート、家庭などの居住空間も、日中活動の場も、どこを選択しても、どのような組み合わせでも、多様性が重んじられ、個別対応の可能な環境が確保されること、いつでもその人らしさが尊重される適切な暮らしの場、日中活動の場を提供できる「ゆうあい」でありたいと思っています。

「ゆうあい」。この名称が定着し、皆様に愛着をもって呼ばれるようになるまでには、相応の時間が必要でしょう。「ゆうあい」として皆様に親しまれるよう、時間をかけて汗を流す努力を惜しまないつもりです。ご支援ください。

「おしまコロニー」から「ゆうあい」へ。私どもの未来へとバトンをつなぐ新しい名前です。



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