インタビューレポート

木村幹雄 氏

インタビュー回答者

Hütte(ヒュッテ) オーナー

木村幹雄 氏

1976年~1985年まで侑愛会に勤務した後、製パン技術を学び、1987年に「こなひき小屋」、2005年に「Pain屋銀座通り」を開業。両店を後進に譲り、2015年に夫婦ふたりで開業した「Hütte」は市街から離れた森の中にありながらパン好きな地元民の心を掴み、またたくまに人気店に。2003年より侑愛会評議員を務める。

侑愛会に就職を決めた理由

僕は、東北福祉大学でコミュティ・オーガニゼーションを学びました。卒業後は知的障害児者のために働きたいと考え、全国各地の施設を調べる中で、興味を持ったのが侑愛会でした。
今もそうですけれど、先駆的だったんですよね。小規模でアットホームな寮を運営していたり、子ども達が卒業した後の就職など、アフターケアの仕組みが出来上がっていたり。新しいことに積極的に取り組んでいました。
ここなら面白そうだと思って入り、すぐ1つの寮を任せてもらいました。ちょうど自閉症の子どもたちの受け入れが始まった時で何から何までゼロからのスタートでしたが、やりがいがありましたね。

在職中のエピソード

新人であっても「こういうことをやりたい」と声を上げるとやらせてもらえる、柔軟な職場でした。自ら勉強する者は支援してくれて、研修にもどんどん参加させてもらいました。この風土は今も受け継がれています。
例えば当時、年末年始に自宅に帰れない子どもたちがいました。親が忙しく、迎えに来られないからです。でも、お正月は家族と過ごさせてあげたいですよね。そこで、僕たちは大型免許を取得したいと上司に申し出ました。すぐ、認めてくれました。子どもたちの親にも「送るし、迎えにも行きますから」と話して、年末年始に侑愛会でバスを借りてもらい、全道を飛び回って送迎しました。大変でしたが、子どもたちのために最善を尽くしているという達成感がありましたね。

私が考える「侑愛会の特長」

侑愛会は、評議会のシステムがきちっと機能しています。問題が生じた時、うやむやにしていません。46施設の職員全員で問題や、会計についても、情報共有することを目指しています。普通、福祉の現場はそこまでを目指さないですし、全員がもれなく理解することは非常に難しいのですが…組織の末端にいる者にまでそういった意識をもたせようと常に努力している点が素晴らしいと思います。
また、侑愛会は僕のように辞表を出して辞めた人間を「内と外、両方の視点をもっているからいい」と、評議員にしています。良い意味で社会常識から外れていますよね。これからも利用者のための組織運営をしてもらいたいし、僕自身もお役に立ちたいと思っています。